夏目漱石の美術世界展

 

の 感想文 201304

 

 

 

浅井忠がよかったです。どれもよかった。

 

漱石との関連性が濃い人薄い人、濃い作品薄い作品、関連があるのかどうか分からない作品。

入り乱れてますが、いろいろあるのはありがたいことです。

 

おっと思ったもの。

 

・浦上春琴《墨菊》18世紀)

タッチがいい、葉や茎や岩。

近づいてみたら菊。花は惹かれず。

 

・渡辺崋山《黄粱一炊図》1841年)

「邯鄲の夢」だそうだ。この絵を描くために死ぬ日を遅らせたそうだ。

人生は処刑日までの夢か。

 

・浅井忠《雲》1903年頃)

どれもいい浅井忠の一番はこれ。

小さな絵ですが、この絵の前は人が多かった。

 

・坂本繁二郎《海岸の牛》1914年)

繁二郎は二枚。両方とも牛。こちらが好き。

 

・平福百穂《罌粟写生図巻》1933年)

とってもよかったです。やっぱり写生が重要ということは間違いない。

ちなみにこれは芸大所蔵。なのでグッズがあるようです。買わなかったけど。

 

一番の目的は藤島武二でした。一点ありました。

・藤島武二《池畔納涼》1898年)

正直これは大きいばっかりであまり好きじゃない。

武二の女性像なら魅力的だろうと思っていたので期待が大きすぎたか。

渡欧前の作品だからか。

《蝶》は写真がありましたが、実物が見たかった。

 

 

他にも、装丁など、魅力的なものが多数ありました。

これだけあったら誰でもどれかしらがアンテナに引っかかるでしょう。

 

 

漱石は仏教美術にはあまり関心がなかったらしい。強く共感する私。

 

 

漱石が描いた絵。

めりはりがない。

画家になるには繊細すぎたか。

 

 

参考 近代日本洋画の魅惑の女性像 ―モネ・印象派旗挙げの前後―

出品作家がけっこう重なってます 時代が同じ頃なのね

 

 

 

混雑状況報告。

混んでいました。

作品によっては数秒程度なら独占できました。

 

キャプションが多めなので観客は誰しも立ち止まりがち。

話をする人も多く、やや騒がしかったです。

 

通常の美術展とはちょっと違う企画なので、仕方がないかもしれません。

 

展示室は3階と地下2階に分かれています。

もちろんエレベーターがあります。階段もあります。

しかしこの高度差は大きい。分断されている感がすごい。

戻ってもういちど見るには気力体力時間がいる。特に気力。「どうしても」の気持ちがないと無理。

 

建物のことを言っても仕方ないですが、広いワンフロアの展示が理想。

 

3階を3周ののち、地下2階を3周。

 

 2013/06/28(金)10:45-12:15訪問 

  

展示室内は撮影不可

 

これは芸大に向かう道すがら 上野公園内だと思う 背景の赤レンガはたぶん東京都美術館

 

白井翔平《みたま》

 

こんなところに子持ち勾玉が

 

思わず撮った

少なくとも子持ち勾玉がモチーフの作品ですね。

 

勝手に載せた

問題あったらご連絡くださいな。

 

 

このページの画像はすべて、埴子が撮影したものです。

  2013/06/29up

 

 

会場|東京藝術大学大学美術館

会期|2013514日(火)−77日(日)

休館日|月曜日

開館時間|午前10 時〜午後5 時 ※入館は午後430分まで

入館料|一般:1500

 

 

 

読んでみたので、引用と読書感想文的メモ。

 

 

『現代日本文學大系 18 夏目漱石集』 筑摩書房

(武者小路実篤『「それから」に就て』より)

「自然の命に背くものは内に慰安を得ず、社会に背くものは物質的に慰安を得ない。人は自然の命に従わねばならぬ。しかし社会の掟にそむくものは滅亡する。そうして多くの場合、自然に従うものは社会から外面的に迫害され、社会に従うものは自然から内面的に迫害される、人の子はどうしたらいいのだろう。中途半端にぶらついているより外仕方がない。しかもそれすら安住すべき所ではない。人の子はどうしたらいいのだろう? 之が『それから』全体に顕われたる問題だと思う。」

 

人間の永遠のテーマ。

『人の子はどうしたらいいのだろう?』

繰り返されると、うっ とくる。

『中途半端にぶらついている』

結局、人の子はほどほどのバランスを保って生きるしかないのか。

バランスのとり方はそれぞれ。漱石と実篤も違う。それが個性か。

 

安定している人を見ると安心するけどつまらない。

不安定な人を見ると不安になるけどこういう人もいていいはずだと感じる。

 

「漱石氏は何時までも今のままに、社会に対して絶望的な考を持っていられるか、あるいは社会と人間の自然性の間にある調和を見出されるかを見たいと思う。自分は後者になられるだろうと思っている。そうしてその時は自然を社会に調和させようとされず、社会を自然に調和させようとされるだろうと思う。」

 

これは漱石というより、その後の実篤の方向性ですね。

実篤は大調和を目指した。

 

「『それから』をかく時、作者は又『三四郎』と反対に個性が境遇を形ちづくる所に興味を持たれたのだと思う。」

 

『三四郎』はたしか、バランスの良い小説。という印象。

個性すなわち個人の中の自然ということね。

自然の声に従った行動は反社会的なものになりかねない。

どこまで許されるのか?

 

 

 

『漱石書簡集 岩波文庫』 岩波書店

 

『それから』の批評について(1910330日 武者小路実篤あて)

「拝啓。『白樺』一号御恵送にあづかり拝受。(中略)中にも『それから』が運河だといふのは恐らく尤も妙なる警喩ならんと存候。(後略)」

 

作られたもの。小説だから当然ともいえるけど。

リアリティがあればいい、というものでもないし。

小説とは何だ。

読む側のなにかにふれるものか。なにかを引き出すものか。

 

許すことの修養を(1915615日 武者小路実篤あて)

「(略)武者小路さん。気に入らない事、癪に障る事、憤慨すべき事は塵芥の如く沢山あります。それを清めることは人間の力で出来ません。それと戦うよりもそれをゆるす事が人間として立派なものならば、出来るだけそちらの方の修養をお互にしたいと思いますがどうであろう。私は年に合わせて気の若い方ですが、近来漸くそっちの方角に足を向け出しました。(後略)」

 

「許す」が出てきた。

憤慨は個性の結果かも。

 

 

2013/08/04追記

 

 

 

 

 

このまえの感想文 201303

 国宝 大神社展

 

このあとの感想文 201305

Waterfall × Waterfall

 

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