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ウィリアム・ブレイク版画展
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常設展
の 感想文
ゴヤは怪物が好きらしい。 人間の中にも怪物がいるので、それを描きたくなるらしい。
2往復目までは、人間の醜い面を描き続けるエネルギーはどこから出てくるんだろうと思っていましたが。 好きならエネルギーが湧くのもわかる。
《普遍的言語〔〈ロス・カプリーチョス〉43番のための準備素描〕》(1797年) 《〈ロス・カプリーチョス〉43番 理性の眠りは怪物を生む》(1797-98年) もちろん自分の中にも怪物が。
この人の水色というか空色は、どうも嘘っぽい。 布や緑はすてき。
肖像画はいいなと思いました。背景も。やっぱり布がいい。 特にこの作品。 《ガスパール・メルチョール・デ・ホベリャーノスの肖像》(1798年)
肖像画以外の人間の顔はあまり魅力を感じなかった。 でも怪物はなぜか魅力的。 Ⅻ|闇の中の正気 ― ナンセンスな世界の幻影 の〈妄〉シリーズあたり。
批判精神というか、怪物好きの皮肉屋が絵を描けばこうなる、という感じ。
《死せる鳥》(1806-12年頃) 眼がない。 しかし、死んだ鶏を積み上げて、それを前にして描く。 怪物好きは目をそらさない。なぜならそこに怪物がいるから。戦争。宗教。性。動物に対する人間の仕打ち。
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壁に書かれているゴヤの言葉(手紙からの抜粋が多いようでした)が注目ポイントかも。 ちゃんとメモしなかったので厳密なものではありませんが、気になった言葉。
「気ままさを保つ」 気ままに描こうとすると人間の醜さ愚かさを描いてしまうゴヤ。
「時間もまた画家」 ゴヤとしては、瞬間をとどめておくのは難しい、と言いたかったらしい。
そのまま保存しておきたい。何を。 何が大事かはそれぞれ。
人間の作ったものが、人間の思惑を離れる。 それでもいいような気もする。
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《着衣のマハ》(1800-07年) 赤い壁の展示が粋。まさにマハ。 服の腕の部分はどうなっているんでしょう。 靴のつま先がとんがっている。埴輪を思い出す。
個人的にはそれほどこなかった。 マハは怪物じゃないからかしら。
《猫の喧嘩》(1786-87年) あれっ て感じ。これゴヤ? て感じ。 平面的。日本画の猫みたい。
《髪を引っ張る若い女〈素描帳A〉(m)》(1794-95年) なぜかいいと思った。
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常設展。いいものは、何度見てもいい。
ドーミエ、ブラック。キャンバスの大きさよりも大きい力を感じる。
クールベもいっぱいある。でも人物や動物より風景の迫力。真骨頂。
そしてモネ。睡蓮もポプラも舟遊びもいいけど、埴子は黄色いアイリスが好き。 モネには何か激しいものがある。
こちらはゴヤ展からの流れで人が来たり来なかったり、のようで、混雑はしていませんが、けっこう人がいました。
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はっきりいってついでですが ざっとしかみてませんが ウィリアム・ブレイク版画展。
密に彫られている。1コマの人数多し。 そして流れる流れる。身体も服も。
ゴヤ展・常設展からの流れの人が来たり来なかったり、で、ほどよく人がいました。
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金曜日、ゴヤ展を見ていたのは11:30−13:00くらい。 混んでいました。着衣のマハ独り占めは難しい。 入場のために並ぶほどではなかったです。 会場内では、うろうろできます。階段を逆流するときは注意。版画は並びました。
レンブラント展の時も思いましたが 国立西洋美術館は上り下りがあるので大変。 そして版画はどうしてもある程度まで近寄らなくてはならないので混雑を増す。 車椅子の方や赤ちゃん連れの方が結構いらっしゃいました。 どれくらい鑑賞できるものだろうと思いましたが、好きならエネルギーが湧くということでしょうか。
しかしコレクションも素晴らしいだけに常設も一通り見たい。あう。 ともかく、ここでの鑑賞の所要時間は長めに見積もった方がよさそうです。
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2011/12/16訪問
2011/12/17up
会場|国立西洋美術館 会期|2011年10月22日(土)〜2012年1月29日(日) 休館日|月曜日(*ただし、1月2日、9日は開館)、12月28日(水)−1月1日(日)、1月10日(火) 開館時間|午前9時30分〜午後5時30分毎週金曜日:午前9時30分〜午後8時 入館料|一般1,500円、大学生1,200円、高校生800円
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