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没後40 伊藤久三郎展 ―幻想と詩情

於・横須賀美術館

目撃談 (201737)

 

逆光の《合歓の木》

 

  

伊藤久三郎(19061977)。

京都生まれ。

1928年、上京。 

 

《オカリナ》1930

柔らかい色の取り合わせ。手袋はデ・キリコを思い出させる。

 

《帽子と鳥籠》1932

帽子と鳥籠と、貝殻と、パイプかな?

鳥籠には鳥がいる。底は濃い緑。

いろいろ置かれた面は、濃淡の灰色が波打つしましま。

 

《窓辺》1930/35

さわやかで奥行きを感じる青もよいが、なにより金魚鉢。

縁の右側は明るい緑、左側は濃い深い緑。

鉢の中の基調は灰色。さらに濃い緑が使われている。

開いた窓の窓枠の左側も濃い緑。

窓枠にかけられた手袋。

机のオークル系の色が柔らかくて主張しすぎず、でも特徴的。

箱の文字は何だろう。何が入っているんだろう。そもそも箱なのか?

手前のフォークも気になる。

白も効果的で、さわやかな静けさに明るさを添えている。

 

ちょっと見づらい場所に配置されていて残念。

 

《流れの部分》1933

デ・キリコぽい、というのはトビカンの『二科100年展』で見たときにも思った。

伝説の洋画家たち 二科100年展(東京都美術館) の目撃談

今回は、灰、青、オークル、濃い緑などの色に久三郎らしさを感じた。

山から噴き出す何かの形も。波に残る筆の跡も。

 

《花》1935

オークルの花はへんに生々しい。

島の鳥居もオークル。

海にはアザラシらしき生き物。

詰め込まれたモチーフは、久三郎のものではない気がする。

でも色がきれい。

 

緑の部屋あり。

 

Toleration1938

人体の中みたい。

網をかけたような浮かぶ物体と、乾いてひび割れた地面。

さまよう人ふたり。帽子を被っているせいかマグリットを連想する。

何か濁ったものがあるにもかかわらず、澄んだものも感じる。

  

《合歓の木》1939

やっぱりいいなあ。『二科100年展』での感動を超える再会。

本展でもいちばん。

なぜか切なくなる空気がただよっている。

緑のつや。緑のしましま。

この画面のむこうは異次元。もう帰ってこれない。

 

《舗道》1940

道の真ん中が黄色い。そこにいる緑のなにかは、鳥?

走っていく緑の車はバス? 猫バス?

どこか童話っぽい。

 

《燕》1940

明るめの緑でいくつものアーチがつくられている。

大きな建物の中を、燕たちが飛びかう。

広い広い燕の巣。

 

《農村風景》1943

モチーフは地味なれど、緑がどの絵よりも鮮やかで、つやがある。

少しだけ見える地面のオークル色も印象に残った。

 

1944年、東京から京都へ戻る。

 

《堂のある山》1947

神様が見下ろした山々。

 

《日蝕》1951

トーンが変わった。でもひかれる。

色が良い。緑、紫、くすんだ感じ。

 

《猫電気A1951

リボンみたいに光?が走る。

赤と黒を使っていることもあってか、岡本太郎を思い出した。

本展には出ていないが、《猫電気B》もあるらしい。どちらも大川美術館の所蔵らしい。

 

《忘却》1954

忘却と言いながら、初期から得意の灰色である。

 

《作品》1955年 横須賀美術館蔵

灰色の前に、白と黒の帯が躍る。

ピアノの鍵盤みたい。

すこし使われているえんじ色がよい。

 

1958年、胸部疾患により入院。製作から遠ざかる。

1962年、制作再開。

 

《作品K19A1964

ちいさな白い四角に赤い点。たくさん。

細胞みたい。

 

《作品》1965

クレヨンで描いたような質感にひかれた。油彩なのだが。

色彩はあまり久三郎のよさが発揮されていない。

柔らかく取り込む感じは久三郎。

 

ANOTHER FEATURE1970

濃い緑、灰色、オークルと、得意な色がそろっている。

おもわず見てしまう。

だが構図は面白味がない。

久三郎味も色しかない。

 

《白馬》1975

白馬の後ろ姿。左右に分かれた、たてがみ。

白馬はおそらく、緑の草原とその中の茶色い道を見ている。

草の緑は今までの緑と違う感じの色。

ぼかした感じが日本画っぽい。

たてがみをなでたくなる。

 

《ひきだし》1976

リンゴのような形の白地に、立体的な白の引き出し。

取っ手はついている。開けたくなる。

 

《〔作品〕(絶筆)》1976

中央の白い四角が封筒に見える。開けたい。

 

 

デッサン、夢の記録が気になった。

水彩はピンクがよい。

 

1925年のコンテによる自画像にはAls ich kann(我がなしうる程度を)と書き込まれている。

「程度」という訳でいいのかどうかわからないが、それはおいておいて、

この場合の久三郎が意味するところは?

せいいっぱい描いたぞ、か?

それとも

やれるだけのことをやります、という、これからの人生への誓いか?

 

 

 

 

久三郎は色である。

やっぱり緑がいい。

初期から得意の灰色もよい。

テーブルなどに使われているやさしいオークルもいい色。

濃い目の臙脂も目を引く。

青や紫なども好きだ。

 

色としてはややくすんでいながら、澄んだ印象なのが不思議。

 

 

晩年の直線はあまり好きじゃない。

初期の波打つしましまが好きだ。

 

直線は久三郎の個性を消してしまっている気がする。

 

 

 

図録あり。B5判、136ページ、1,000円。表紙は《木立》。やはり緑。

 

年譜のところに、所在不明の絵が小さく載っている。9点。

どこにあるんだろう。とても見たい。

 

ポストカード少なし。

でも《窓辺》があったので入手。

図録よりも緑がよく出ている。

 

  

 

混雑状況報告。

 

空いていました。

部屋ごと独占可能。

 

 

 2017/12/01(金)訪問 

   

二階の窓からは

レストランも海も見える

 

ときどき船も見える

 

曇りの日の晴れ間

 

撮れなかったがトンビがたくさん飛んでいた。

 

 

没後40 伊藤久三郎展 ―幻想と詩情

於・横須賀美術館

開催期間:20171118日(土)〜1224日(日)

 

     

    

  

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