フィリップス・コレクション展

於・三菱一号館美術館

目撃談 (201841)

 

 

  

 

フィリップス・コレクションは、一部を以前見ている。

目撃談 モダン・アート,アメリカン

本展も期待どおり。

 

ブラックが充実。うれしい。

ボナールのいい作品がこっちに来ていた。

ニコラ・ド・スタールを知る。

モランディも、1点だけだが、あってうれしい。

スーティンもよかった。

 

 

いきなりモネが展示されていた。なにかもったいないような。

 

クロード・モネ 《ヴェトゥイユへの道》 1879

木の長い影。影も、光が当たっているところもきれい。

 

ウジェーヌ・ドラクロワ《パガニーニ》 1831

マネかと思った。黒いドラクロワ。

ヴァイオリンを弾くパガニーニの表情が印象に残る。

 

ギュスターヴ・クールベ 《地中海》 1857

水平線がまっすぐ。海が濃い。

「強靭で真の傑物」by ダンカン・フィリップス

 

 

この美術館は狭いけど、3階の広間はすてき。

 

ブラックが並ぶ。

ジョルジュ・ブラック 《レモンとナプキン》 1928

「ローザンベール・カルテット」と呼ばれる4連作品のうちのひとつらしい。

ぜんぶ見たい。並べたい。

 

ジョルジュ・ブラック 《円いテーブル》 1929

145.7 × 113.7cmと大きい。サイズ以上の存在感。

砂を使って、漆喰感を出す。

ギターだのナイフだのでいっぱいのテーブルが、派手な帽子をかぶって笑う人にも見える。

 

ジョルジュ・ブラック 《ブドウとクラリネットのある静物》 1927

これも見たところ砂を使っているらしい。

 

別の部屋に展示されていた

ジョルジュ・ブラック 《ウォッシュスタンド》 1944

これも砂を使っているようだ。

緑の布にひかれる。

 

今回のピカソ作品の中で印象に残ったのは彫刻。

パブロ・ピカソ《道化師》1905年 ブロンズ

三角のふちの帽子は、埴輪を思い出させる。

 

油彩ではこれ。

パブロ・ピカソ 《横たわる人》 1934

思いのままに絵筆を走らせたらこうなった、かのような絵。

奔放というか、抑制のきかない子供のような画家ピカソ。

 

ダンカン・フィリップスは、ブラックにくらべるとピカソはそれほど好きでもなかったらしい。 

共感する。ピカソはチャーミングだけど。

ダンカン・フィリップスの死後にも、コレクションにピカソ作品がいくつか加わったらしい。

 

共同制作をしていたブラックとピカソ。

大人と子供の印象。

フランスセンスのムッシュ・ブラックと、スペインから来たあばれ仔牛ピカソ。

 

 

アンリ・ルソー《ノートルダム》1909

亡くなる前年の作品。

そのせいなのか、そう思って見るせいなのか、ルソーにしては奥行きが描けている。

橋はどう見ても変、というか面白いけど。

 

 

ボナール《開かれた窓》1921

 

逆光のレプリカ

 

猫とマルトがハイタッチしている。

 

 

ボナール《棕櫚の木》1926

逆光のマルトが果実を差し出す。

この絵はなんだか迫ってきて、切なくなった。

ボナール展の大型風景画はあまり魅かれなかったが、

これはボナールの魅力が総合的に詰まっている作品。

 

 

広間の中央の長いベンチに座る人多し。

絵を見ているというより、ただこの部屋にいる感じ。

 

 

ロジェ・ド・ラ・フレネ 《エンブレム(地球全図)》 1913

さわやかな世界。

重たくない量感。ひろがり。

あっさりしているが、薄すぎない。

 

ワシリー・カンディンスキー 《秋 U》 1912

湖に映る影。

 

オスカー・ココシュカ 《ロッテ・フランツォスの肖像》 1909

指が気になる。大丈夫ですか。

あやういのはモデルか画家か。

 

オスカー・ココシュカ 《クールマイヨールとダン・デュ・ジェアン》 1927

山がどんっとある。家が頼りなく見える。

 

シャイム・スーティン 《嵐の後の下校》 1939 年頃

これから嵐が来るように見えてならない。

嵐に追いかけられているように見えてならない。

いそいで家に帰るのだ。

 

フィンセント・ファン・ゴッホ 《道路工夫》 1889

道路工夫が設置しているのは、切り出された石らしきもの。

直方体である。直線的である。

ゴッホにとって世界すべてがうねうね見えていたわけではない。

精神病院から外出していた時に見た光景らしい。

 

エドゥアール・ヴュイヤール 《新聞》 1896-98

新聞を読むひとが小さく見える。手がかわいらしい。

ちりばめられた光。

適温の室内。

 

アンリ・マティス 《サン=ミシェル河岸のアトリエ》 1916

赤と緑のマティス。

裸婦も、窓のそとの建物も気になるが、コップに目が行く。

窓の前の、脚の長いサイドテーブルの上の、円いお盆に載せられたコップ。

水は入っているのか。 

窓からの光を浴びる。

 

アメデオ・モディリアーニ 《エレナ・パヴォロスキー》 1917

ELENAって書き込んである。

男の人かと思ったら女性だった。

モデルだったらしい。画廊主の妻となった。モディリアーニも支援してもらったらしい。

 

本展で初めて気になった人。

ニコラ・ド・スタール 《北》 1949

ニコラ・ド・スタール 《ソー公園》 1952

特に《ソー公園》は展示されている部屋に入る前にちらっと見えたときからひかれた。

なぜひかれるのか。わからないが。

何が描いてあるのかはっきりしない。幾何学的な図形を油絵の具で粗く描いたような絵。

境界線の感じがいいのかな。

質感はちょっとモランディに似ている。もっともったりしているが。

 

ジョルジョ・モランディ 《静物》 1953

やっぱりたくさん並べたいモランディ。

でも単独であっても引き付けられる。

 

アルベルト・ジャコメッティ モニュメンタルな頭部 1960

正面でかがんで見てみる。目は合わない。

細いが長い。

体積に対する重量の大きさは、材料のブロンズをはるかに超える。

 

ジョルジュ・ブラック 《驟雨》 1952

天気雨にしても狭すぎる部分限定で雨が降っている。

平原に木と自転車。

ブラックの風景は珍しい。

形態もいいが色彩もいい。

ブラックっぽいかと言われると、何か違うが、好きな作品。

 

ジョルジュ・ブラック 《フィロデンドロン》 1952

フィロデンドロンて何? 植物の名らしい。

葉っぱと、キャンバスの白。テーブルには果物とビン。

 

ジョルジュ・ブラック 《鳥》 1956

おお「ブラックの鳥」だ。

そういえばピカソにも「ピカソの鳥」がある。

モチーフはいつまでも共有しつつ、それぞれの鳥が飛ぶ。

 

 

 

レプリカの「ブラックの鳥」

天井の梁が見える

 

 

 

本展は解説多し。全部は見なかった。

 

芸術の役目は世界を美しく見せること

作品を見たあとに帰るいつもの世界を輝やかせることだ

 

というような趣旨のダンカン・フィリップスの言葉あり。

 

ブラックがかなり好きだったらしい。

 あなたのフランス的センスに脱帽

というような言葉あり。

 

この展覧会、なぜもっとブラックを推さないのか。

 

 

 苦悩を経て、絶対的歓喜に到る

 

というのは誰についての言葉だったか…

ジャコメッティだったかなあ。

 

 

もう一度、見に行きたい。

 

  

 

この展覧会は、作品リストの番号と展示の順序があっていない。

フィリップス・コレクションのカタログ番号順らしい。

 

リストにメモを取るときに手間どる。

記憶もこのページもバラつき気味。

 

  

 

混雑状況報告。

 

チケット行列も入館行列もなし。

展示室内は、すいてはいないが、混んでいると言い切るほどでもない。

作品によっては1分くらい独占可。

 

 

 2018/12/18(火)訪問 

   

バラの庭から見上げて思い出す

 

鳥がこの日のテーマだったらしい。

帰り道、丸の内の道路にスズメの群れ。

 

いつもの世界が輝いて見えたか?

 

そうかも。

 

 

 

フィリップス・コレクション展

於・三菱一号館美術館

開催期間:20181017日(水)〜2019211日(月・祝)

 

     

    

  

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